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There's Something Fishy

映画研究、文芸批評、テニス評論

『PASSION』(濱口竜介、2008年)

画面中央やや左に鎮座している巨大煙突から吹き出す白煙が画面左方向への艶かしい運動によって観客の視線を釘付けにしている間、スクリーン外からは男女の話し声が聞こえてくるのだが、どうやらここで彼らは「奇跡」について何ごとか語っているようで、ゆるやかに下降していくカメラによってようやくその姿が捉えられる頃には、既に画面右手にフレーミングされている小さな煙突がやはり同様に白煙をあげている様子が映し出されており、どうも奇跡の名に値するのはそこで語られている凡庸であるがゆえに愛すべき些末なエピソードなどではなく、まだ明け切らぬ早朝の時間帯に敢行されたロケーション撮影に敬意を示そうとでもしているのか、カメラを前にして示し合わせたかのように相似形を描いてみせるその二本の煙突の方であると考えるべきかもしれず、また、言うまでもなくここではその相似に何がしかの象徴的意味などを読みとる必要はなく、ただそこに厳然と刻みつけられている事態を確かに目撃したということこそが重要なのだろうし、やはり奇跡とはその二本の煙突が本作品を祝福するべくむしろ自ら率先して演出に加担しているかのような印象すら与えかねない超現実的な現実それ自体の方ではないかと思いはじめた頃合いを狙い撃つかに、今度は画面上を大型トラックが横切っていくのだが、実はそれこそが我々観客に真の奇跡を知らしめすために準備された何ごとかであるということがここでようやく了解されようかというのも、その真っ赤に塗られた大型トラックの荷台が画面を覆い尽くす瞬間、我々は男女の男側が身につけている赤色のニットとの奇跡的な共振を目のあたりにするからにほかならず、しかも驚くべきことには、この既に奇跡的な赤色の連鎖劇は青色と交錯しながらさらなる展開を遂げる余地を残しており、このあとアパートの一室で繰り広げられる20分に及ぼうかという長い長いロングテイクのあと、エンディングに突入してから別の男が歩いている歩道橋の青い鉄柵を介して、赤い座席シートで埋め尽くされたバス車内に乗り込んでくる女の赤いマフラーと、実は既に車内最後尾に座して眠りこけている赤いニットの男の首元から覗いている赤色が繋がった瞬間、車体に青いラインの入った横浜市営バスは青色の交通標識に彩られた日本の公道を青信号にしたがって走り抜けていくのであり、これこそ本作『PASSION』がゴダールの同名の映画(1982年)と共有している当のものでもあり、このような映画の奇跡に祝福された画面を前にして我々観客にできることと言っては、そこで間違いなく生起している法外な映画的現実にただただ狼狽えることをおいてほかにはあるまいと思われる。