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There's Something Fishy

映画研究、文芸批評、テニス評論

井戸をめぐる冒険

headlines.yahoo.co.jp

 

 なつかしい夢を見た。わたしがまだ小学2年だった20年前の出来事だ。その日、わたしは深さ12mの井戸に落ち、ほとんど無傷で生還した。12mといえばビルの4階に相当する高さである。しかも、わたしの上からは重さ約70kgの石の蓋が降ってきた。助かったことの方が不思議なくらいだ。あのとき正確に何が起こっていたのか、今もってよくわからない。とにかく、わたしは暗闇のなかを10m以上落下し(落ちているのか上がっているのかすら、そのときはわからなかった)、そして同じだけの高さを引き上げられて生還した。穴の中で過ごしたのは精々1時間くらいのはずだが、それはわたしにとってほとんど永遠のような長さに感じられた。一緒に遊んでいた友だちが上から声を掛けつづけていたと言うが、そのような声を聴いた覚えはない。井戸の底にいた1時間のあいだに経験したことは、その後のわたしの人生を決定的に変えてしまったように思う。

 あの日、学校が終わったあと、わたしは友だちと空き地で「たかおに」をして遊んでいた。たかおにというのは鬼ごっこの亜種で、高いところにいると鬼が触れないことになっている。石蓋で封じられたあの井戸は、空き地の中では一段高い場所になっていた。実をいうと、わたしはあれが井戸であることを知らなかった。単にたかおにの避難場所のひとつとしか認識していなかったのだ。まさかその下に10m以上の深淵が口を広げていようなどとは夢にも思っていなかった。

 鬼のMちゃんに追いかけられていたわたしは、あの井戸の蓋の上を目指した。そのとき、井戸の手前でふっと何かにつまずいて(あの空き地につまずくような障害物などなかったはずなのだが)、そのまま石蓋にぶつかるような格好になった。その衝撃で石蓋がずれてしまい、わたしは転落した。少なくともそれが警察と消防の公式見解だった。しかし、わたしが見たのはそれとはまったく違う光景だった。石蓋は、わたしが触れる一瞬前に、確かに自ら動いたのだ。

 だいいち、あの石蓋は一枚あたり70kgで、二枚合わせると140kgにもなるものだったという。どんなに勢いよくぶつかったところで、当時20kgそこそこのわたしの体重ではズレるはずがないのだ。わたしはにわかに口を開けた空隙に吸い込まれるようにして落ちていった。

 突然、暗闇の飲み込まれたわたしは、浮遊感とも下降感ともつかない奇妙な数秒を経たのち、着水した。井戸の底には水が残っていたのだ。水は立ち上がったわたしのだいたい胸元まであった(後の調べでそれが85cmだったということがわかった)。

 わたしが着水した直後に、頭上で大きな音がした。見上げると井戸の入り口がちょうど半分だけ影になっている。わたしのあとから落ちてきた石蓋の片割れが、ちょうど井戸の壁にひっかかって止まったのである。上に向かって手を伸ばすと、その石蓋に触れることができた。もしもこれがそのままわたしの上に落ちていたら、間違いなく無事ではいられなかったはずだ。

 事態を把握すると、わたしは突如として恐怖につつまれた。自分はあと少しで死ぬところだったのだ。何より、下手に動いて石蓋を刺激したくはなかった。すぐ頭上にあるとはいえ、70kgの石の塊の下敷きになるのはごめんだ。わたしは身動き一つとれなかった。

 その状態がどれほどつづいただろう。わたしの視力は次第に暗闇に慣れ、井戸の壁がぼんやりと見えるようになった。井戸の壁は一面が苔に覆われていた。特にとっかかりのようなものもない。自力で這い上がるのは不可能だった(どのみち当時のわたしの筋力と体力ではロッククライミングの真似事をするのは無理だったろうし、それだけの勇気もなかった)。

 わたしには助けを待つことしかできなった。次第に恐怖はやわらいでいった。一緒にいた友だちが誰か大人を呼びに言ってくれるだろうと思った(頭上から友だちの声が聞こえてこないことを不審に思う余裕さえなかった)。わたしは引き続きじっと待ちつづけた。時間の感覚は失われていた。それが10分だったか一時間だったか、そのときのわたしにはわからなかった。

 そのとき、どこからともなく声が聞こえてきた。

「心配することはあらない」